生まれた赤ちゃんが斜視だった。子供は、治療をしながら成長していく。

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出来事

こんにちは。ハグです。

みなさん、お子さんの成長を楽しみに過ごしていると思います。

 

私も子どもが、ふたりいます。

成長もうれしいですが、大丈夫?と心配や不安がいつもあります。

どんな時でも、親は子どものことが心配ですよね。

 

子どもを産んで、大きな不安を抱いたのは、長女の斜視についてでした。

今回は、斜視かも?または、斜視と判断されたお子さんは、どうしたらいいのか考えておられる方に

「こんな子どももいますよ。」

とわが子の経過をお伝えしたいと思います。

 

斜視で不安になられている方に少しでも、情報として伝わったらいいなと思っています。

 

子どもが斜視だった

斜視と気付いた

私は、まったく気づきませんでした。

子どもが斜視であることを。

どうして、斜視かも?と思ったのか。

 

私の弟の一言でした。

 

目がおかしい。寄ってる。

ハグ
ハグ

赤ちゃんは、みんな目が寄ってるよ・・・

まあ、そうだけど・・・寄りすぎ。病院でみてもらったほうがいいよ。

当時、弟はすでに二人の子どもがいたので、おかしいと言い切ったのだと思います。

この時、子どもは、内側に黒目が寄っていました。

 

病院で診てもらう

まあ、とりあえず病院に行ってみようかと近所の眼科で診てもらいました。

 

この時の私は、「大丈夫。赤ちゃんなんだから寄ってる。」という思いでした。

結果、この最初の病院から総合病院の紹介状をもらいました。

驚きました。

 

もちろん、すぐに主人と一緒に子どもと病院にいきました。

この病院では、子どもだけ検査室に。

当時子どもは、4カ月。

私も一緒にいたいと思いました。

待っている廊下で、子どもの泣いている声がきこえてきたのを覚えています。

 

見えていないから、

「痛いことされている。」

と思う気持ちでした。

子どもを泣かせている人を嫌悪感でしかみていませんでした。

(ごめんなさい。医師はしっかり診察してくれていたんですよね。)

 

しばらくしてから、検査結果を医師から告げられました。

お子さんは、斜視です。次回予約をとってください。」

この言葉を聞いた時、ショックでした。

病院から家に帰る車の後部座席で。

主人も私も無言。

 

私は、ただただ涙が出て止まりませんでした。

「ごめんね。ごめんね。」

と心の中は、その言葉だけでした。

 

その後、どうしても納得がいかず

自分に納得させるために、ネットで調べてもう一軒大学病院に行きました。

結果は、やはり「斜視」でした。

もう、結果をしっかりと受け止めるしかありません。

 

この3回目に受診した大学病院で、治療していくことに決めました。

 

メガネをかける

検査をしていく中で、子どもは遠視による斜視と分かりました。

とにかく、視力が出ることが(みえること)が一番の目標です。

メガネをかけて矯正していくことになりました。

 

こんな小さな子どもにメガネ。

なんとも言えない感情が。

メガネを購入。

これで少しずつ良くなると前向きでした。

しかし、まだまだ5カ月になったばかりの子どもです。

ハイハイをし、つかまり立ちをしていた時期。

そんな子どもに、メガネをかけさせるのは大変でした。

 

メガネをかけると、すぐにとります。とったメガネをまた私がかける。

その繰り返しです。

私自身に焦りとストレスがでてきました。

だって、

「メガネをかけないと治らない」

 

そんなストレスを察した主人から、病院にどうしたらいいか電話してみることを勧められました。

 

病院に電話すると、先生を通じて看護婦さんから

「メガネをとっても大丈夫。かけれそうならかければいいですよ。」

 

この言葉で、今まで張りつめていた気持ちが楽になりました。

そんなにあせらずにやっていけばいいのだと。

 

そう思うと、不思議なんですが・・・・

いつの間にやら、子どもがメガネを取らなくなったんです。

 

それどころか、自分からかけるようになっていきました。

うれしかったです。

ことばがしゃべれるようになると、

「○○ちゃんのめがねは。」と私のところに取りくるようになりました。

 

気持ちに余裕がでてくると、子どもにもわかるんでしょうね。

 

メガネをかけて起きたこと

メガネをかけるとわかりますが

あたたかいものの湯気で、メガネが曇ってしまいます。

うどんやラーメンを食べる時には、自分でメガネをはずして食べるようになりました。

 

また、子どもですから転んでしまうことも頻繁にあります。

 

メガネをかけているので、目を守ることはできますが、転んだ衝撃でメガネを支えている鼻を打つことがあります。

 

それは、とても痛いようでよく泣いていました。

 

そして、一番起きたこと。

それは、「かわいそう。」の言葉をきくことが多かったこと。

 

5か月の子どもがメガネをかけていることは、そんなに多くはありません。

 

だから、出かけると「かわいそうに」といわれました。

もちろん、相手の方も悪気はないのは知っています。

 

私は、いつも思っていました。「かわいそう」なら言わないで。

私自身が一番わかっている。「かわいい」って言ってと心の中でいつも思いました。

 

斜視の原因をしりたい

子どもをできるなら、ふたり欲しいと思っていたので斜視の原因をたずねました。

もし、遺伝が関係あるとしたら。

次に生まれてくるであろう子どもにも起こりうる可能性が、あるのがこわかったのです。

(ちなみに、主人と私の家族に斜視はいません)

先生は、

「今、それを研究しています。今はわかってないけど、10年後にはわかるかもしれないです。」

と答えてくれました。

(今、どうなってるのかな?)

 

一年後、第2子が誕生。

(この子は、斜視ではありませんでした。)

 

ここからは、今度は病院にいくのが大変でした。

 

とにかく、病院を予約していても待ち時間は短くて2時間。

検査がしっかりと入っているときには、4~6時間でした。

自宅から病院までは、車で片道一時間。

こどもが小さい時には、私はもう一日くたくたでした。

 

待ち時間は、長かったですが、子どもたちは病院で本を読んだり、主人と廊下の隅で遊んだりそれなりに待ち時間をたのしんでいました。

 

子どもは、自分の名前が呼ばれると、すぐに診察室に行くようになりました。

子どもは、ぐずることもなくありがたかったですね。

今思うと。

 

5年間は一年に2~3回予約診療。

 

病院に二人の子どもを連れていくことに慣れてきたころ、先生から、手術をすることをすすめられました。

 

手術をする

理由は、子どもが小学生になるからでした。

集団にはいると、見た目が目の位置がおかしいことで、子ども本人にとってよくないこともあるだろうと。

 

それによって、子どもに悪影響を及ぼすことを配慮しての手術でした。

 

我が家の子どもは、遠視による斜視。

 

つまり、視力がでないことが一番の問題。

黒めの位置だけなら、手術ですぐに治療できるのです。

 

もちろん、私たちはその手術のリスクが低いこと。

そしてなにより、見た目が良くなることで手術をきめました。

 

手術するのは、きっと子どもも怖かったと思います。

もちろん、私も不安いっぱいでした。

 

手術前に「怖いけど怖くない。さっき、先生がだいじょうぶって言ってたから。」

自分とそして私を励ますことばを言っていたように記憶しています。

 

同じ日に手術をした男の子は、術後も元気ですぐに退院。

その男の子と仲良くしていたので、同じ日に退院できなかったのは、子どもも残念だったと思います。

 

子どもはなかなか物をたべれず、どうなるか心配でしたがそののち、無事退院。

本当に、先生には子どもに優しく接してもらい感謝しています。

これが、小学1年生の夏のことでした。

 

そして、このころに「卓球」「バレーボール」「テニス」「バトミントン」などの球技はしづらいことを知りました。

 

手術は、成功しましたが、黒目の位置が、今度は外にいくようになりました。

引き続き、メガネで視力の矯正をしていました。

 

この時、先生に「メガネは外せる日がきますか?」とたずねると

年頃になって、眼球が定まっていれば、コンタクトができるかもしれないとの回答でした。

視力は、なかなかだすことができないんだなあと思いました。

 

 

海外赴任

子どもが小学3年になる年に、主人の仕事で渡米することになりました。

いろいろな不安はありましたが、やはり子どもの眼科の病院のことが気になっていました。

 

日本での経過をかいた診断書をかいてもらい、それをもって渡米。

アメリカでは、ファミリードクターに診察してもらうのが決まりなので紹介をしてもらいました。

 

毎年、一回視力検査と目の検査をしたようですが、日本のような点眼をして検査することはなかったです。

 

アメリカにいた三年間は、斜視に関して何かかわったこともなく過ごしていました。

 

メガネを1回買い替えたことはありました。(レンズも)

 

余談ですが、アメリカでは親が近視なら子どもも近視になると考えられていて、近視になっていない子どもも診察することを勧められます。

 

三年目にはメガネをかけている姿が、なんか老眼をかけているおばあさんのようでした。

メガネをずらして、ずらしたレンズからみている感じです。

だから「ちゃんと、メガネをきちんとかけて。」とよく注意していました。

 

アメリカでは女子もサッカーが盛んで、我が家の子どもは初めてサッカー(球技)を始めました。

 

アメリカと日本の違い 帰国後の子供たちに起こったこと

日本に帰国

日本に帰国して、以前治療していた大学病院にまた行きました。

すると、先生から

「みえてるでしょ!もうメガネはかけなくていいよ。」

一瞬、耳を疑いました。

聞き間違い?

そうです。見えていたんです。

以前おばあさんのようにメガネをかけていたのは、見えていたからだ思うと納得できます。

 

本当にうれしかったです。

一番うれしかったのは、子どもでしょう。

ハイハイのころから、メガネをかけてきっと嫌な思いもいっぱいしたことでしょう。

よかった。

本当に。

 

先生もとても不思議がって、私と子どもにたずねてきました。

「お母さん、アメリカで何かしましたか?」

いろいろ考えましたが、特に思い浮かびません。

 

でも・・・・・そういえば・・・・

 

ブルーベリーが好きで、大量に食べていました。

 

ブルーベリーは、目にいい。

もしかしたら、これかもしれないです。

 

日本では、価格が高いブルーベリーですが、アメリカではとても手軽な値段です。

だから、大量に食べさせることができたんです。

 

アメリカと日本の違い 食べ物

メガネのない生活がはじまった

こんなうれしいことは、ありません。

そして、またサッカーを始めました。

メガネなしの生活が12年ぶりにはじまりました。

ラーメンを食べる時、メガネが曇っていたあの頃をよく子どもは語っています。

帰国後も一年に一回病院に通っていました。

 

昨年、病院には通わず生活しても大丈夫と先生から言われました。

今は病院に行かず、暮らしています。

時々黒目が外に向いていることもあります。

本人はわかるようで、物をみるという意識をできるだけするように心がけているようです。

 

生後5か月から18年が立とうとしています。

治療に対して、いやな態度はなく前向きな子どもに感謝しています。

一緒に頑張ってくれてありがとう。

 

そして、赴任の期間は除いても、10年以上子どもの治療にかかわってくれた長谷部先生。

本当にありがとうございます。

「何かあったら、いつでも相談しに来てください。」と優しい言葉をかけてくださいました。

 

油断は禁物です。

最近は、視力検査で視力が下がってきたようです。

 

これから先、まだまだ子どもの人生は続きます。

これからも見守っていきたいと思います。

 

まとめ

斜視もいろいろです。

その子に応じた経過があります。

 

大丈夫ですと言うことはできませんが、治療を続けていくことはとても大切だと思います。

 

最初は、病名を知り受け入れるのが怖かったです。

 

斜視に限らず、幼い子どもが病気をかかえていると親は不安になると思います。

でも、治療を続けていき、時間がたつと前向きになります。

いや、前向きにならざるをえません。

 

分からないときには、病院にいき医師に相談し、子どもと一緒に頑張っていけると信じます。

 

子どもは成長するもの。

 

いろいろな面で強くなっていくはず。

もちろん親も。